2011年 直島特別例会

 
◆義若 智康(岡山政経塾 十期生)
岡山政経塾  直島特別例会レポート               平成23年7月25日
  『誇りを取り戻せ 地域の誇り・日本人の誇り』



1.私と直島
 「なぜかわくわくする気持ちが抑えられない、私の準ホームグラウンド」
 私は玉野市に生まれ育ち今日も事務所を置いています。玉野市は然り私自身仕事も私生活も直島とかかわっています。そんな私ですが犬島にも豊島にも行ったことがなく、直島の現代アートも港や砂浜でしか見たことがありませんでした。「岡山政経塾」の門をたたき勉強させて頂いているからこそ同じ行くにしても思いをもって島を味わうことができるのだと思います。
 私のテーマは、現代アートを自分なりの解釈で味わうこと。そして島でどのような存在か確認すること。豊島の産廃の話を聴き、島の人の思いや行政について考えることを大きなテーマにして向かいました。

2.家プロジェクトなど現代アートに触れる
  「地元の人もきっと知らなかったはずの魅力再発見」
 家プロジェクト第一号となった「角屋」の作品について西美先輩の解説を聴き島民を巻き込む仕掛けに驚きました。作家の宮島氏が島の人にカウンターを配置してもらったことです。芸術作品に参加することによって遠い存在から身近なもの「おらが島の宝」に変わるのでしょうか。元々あるものの内部をアートにしているので周りの景色と一体になっています。もしかしたらその農村の日常自体が芸術で芸術の中に暮らしているのかもしれません。そう思うと島の人が自分の島により一層の自尊心を目覚めさせ元気になるのもうなずけます。昨年の例会で福武幹事が紹介していただいた書籍「耕す文化の時代」ダイヤモンド社木村尚三郎著によると「事実、その土地の人たちが見向きもしないような光景の中に、衝撃的な美しさを発見して感動した経験のある方も多いのではなかろうか」という一節があります。芸術を触媒にして村が国際化しているのではないか。同書によると銭湯は外国人がたいへん注目しているという。そういえば直島にもあいらぶゆーという銭湯があった。近所のお婆さんが出てきて作家から戴いたヒョウタンをとても誇らしげに見せてくれた。つまり世界に発信すべき文化がある。直島は過疎に苦しむ村への応援メッセージであり先駆的モデルである。国際化とは自分の文化を深く知り世界に発信していくことではないか。同書でもやはり「地方化することは国際化すること」といっている。


3.作品から発せられる強いメッセージ 好きな作家をみつける
  「学び成長した後、再び味わいたい」
 トリッキーな作品や廃棄物の集合体も拝見しました。しかし私が興味を持ったのが柳幸典「バンザイ・コーナー1996」です。ウルトラマンとウルトラセブンの人形が交互に並んでいます。西美さんが切り出されました。「鏡に映る姿が日章旗に見えます。ウルトラマンは日本人であり、迎合しやすい国民性を表現している。又ウルトラマンは正義の象徴だが怪獣の正義はないのかという哲学的なことも問うている。」とのお話しでした。ウルトラマンを見ただけでとても政治哲学まで連想できませんでした。哲学的な視点で物事を見る必要性を知りました。犬島でも柳先生の作品に触れました。作家三島由紀に関するアートは衝撃でした。三島事件について真相を知ろうともしなかったし、檄文を読んだこともありませんでした。今「檄」を読み共感する部分もある。事件を風化させず、見た人があの事件は何だったのか考えさせるようになっていました。こうなるとやはり事前に知識を得てから味わうとまた違うのではないか。

4.産業廃棄物との戦いを制した豊島
  「苦難の歴史も武勇伝。」
 豊島事件について詳しい内容は始めて知ることとなりました。申請した書類が不許可となることに対してどうするかということは行政書士が研究するところになりますが逆に許可されたものをステークホルダーの側が取り消すというのは本当に難しいと思います。ここでも相も変わらず行政がその過ちを決して謝らないという話。そして住民はお金抜きで謝ってほしいという気持ち。被害を受けた弱者は感情的に許せない気持ちがある。しかしながら、行政サイドとしてはお詫びしたいが損害賠償請求が際限なく広がるのではないかという不安がある。「徳と正義」PHP研究所 中坊公平・稲森和夫著(2002年に出版。直島合宿により久しぶりに手に取る)によると香川県との合意の中で謝罪を取り付ける条件として損害賠償請求権を放棄する(調停条項11)という一文を入れた。それにしても香川県の責任の大きさとその無責任な姿勢には驚く。同書によると「日本に比べて比較的簡単に過ちを認めている国が多い・・・間違っていれば直せばいいという発想があり、道理が通っているのです。そうできないところに、日本の官僚なり、法律家の限界があるのです。それを直すのが、まさに政治の仕事です。国家の中心はやはり政治であって、ここが国民全体の利益を考えて、道理を通して行動しなければならない。」とある。前例主義をやるのなら高級官僚や政治家はいらない。課長補佐以下課係長以下で十分である。新しい政策や方針転換をするには課長あるいは部長以上の行政官あるいは議員・首長の政策立案力が必要だ。事業者の生存権があるなどとふざけた文書を見てとても腹立たしくなった。住民エゴと言われていたとは本当に驚きを隠せなかった。島の住民は人数が少ないから我慢しなければならないのだろうか。基本的人権の尊重である。民主主義の基本は少数の意見を尊重しなければならない。多数決で少数派をつぶせばいいというのなら政治にも行政にも携わる資格がない。
 企業の社会的責任CSRが叫ばれる昨今の企業社会では考えられない事件です。


5.総括する
 誇りある生き方をする。地域に誇りを持つ。歴史に誇りを持つ。自分が気付かない良さがある。地域が気付かない良さがある。
 直島・犬島・豊島の2日間はとても刺激的で充実した時間となりました。現代アートのメッセージを感じ取ったりイマジネーションするには様々な思考を張り巡らさなければならない。深く考えることを知り物事の見方には多様な見方があることを知りました。
 一見ごみのようなものや何の変哲もないものがアートになる。発想の転換を変える重要性を学びました。もちろん社会的責任を果たしての上である。ミミズの養殖という発想はその業者に一時的な利益をもたらすが結局破産することになる。ステークホルダーに対して社会的な責任を果たしていかなければならない。