2007年 100km Walk

 
◆大原 祥正(岡山政経塾 6期生)

岡山政経塾100km歩行レポート
『身をもって再認識させてくれた100km』



 私は本をよく読みます。本が教えてくれたことを身をもって再認識させてくれた100kmでした。以下に五項目を取り上げて報告します。

1. イメージの力>意志の力
 『完歩しなければならないが、100km歩く行程のイメージが全くできません。』4月22日の下見を終えた後に、案内して頂いた坂本さん・忠澤さん・中屋さんから感想を求められた私の回答です。“イメージ出来ない事は成し得ない”正直、完歩出来ないかもしれないという不安が残りました。
 その一方で下見の終盤、坂本さんが強烈なイメージをひとつ植えつけてくれました。それは、『東岡山から先の直線道路ではちょうど通勤時間と重なるため、渋滞している車中の通勤者から白い目で見られることがある。格好悪いでー。』という言葉でした。
 “冷やかされる自分がカラーで脳裏に焼きつきました。”それなら、6:00までにゴールすれば東岡山は夜明け前。これなら冷やかされることも無い。ここから私の100km歩行へのイメージ造りが始まりました。

2. 仮説⇔検証の繰り返し
 “ひとつの大きな目標の達成は小さな目標の積み重ね”
 再度一人で下見ドライブを行い、2.5kmごとの目標物を書き留めました。2.5kmを30分以内、これを40回繰り返す。結果100kmになる。6:00にゴールできる。ただし、休憩時間をとるために40回の中で少しでも貯金をする。イメージが出来上がりました。
 そして、2.5kmごとの“6:00ゴール”と “究極の2:00ゴール”の予定通過タイムを記した紙を携帯し、実際の通過タイムを記していきました。20 kmまではほぼ“究極の2:00ゴール”ペース。その結果ゆとりをもって休憩することができ、20 km で1枚、 歩くごとに紙をめくることが、ほのかな痛み止めとなりました。
 (50km地点は記入を忘れ、75Km地点までは携帯電話に記録した時間を後で記入。それ以降はタイムのことは考えられなくなりました。)

3. 自分がコントロール出来ないものはあきらめる
 足裏にできる水ぶくれの痛みは25kmから限界を感じ、いつ歩けなくなるのか不安でした。結局指に7つ、そのほかに6つ(2*3cmのひょうたん型)できていました。これは完璧な準備不足です。
 痛みはかなりひどく、何度もリタイヤが頭をよぎりました。しかし、歩行中の痛みは“自分がコントロール出来ることではない”とあきらめ、唯一ゴールすることでのみ痛みから解放されることであると気づきました。

4. I believe myself
 残り20kmで追い越して行かれた中野さんには驚きました。蝶が飛ぶようにヒラヒラと先に行ってしまいました。5kmの間、懸命に追いかけましたが姿は見えなくなり、いよいよ足の水ぶくれの痛みが限界の限界にきました。平島からは背負っているナップサックの重みが足裏に伝わり初め、さらに手を前後に振って歩くことさえも足裏に負担となりました。
 それでも当初の願いどおり東岡山から先の直線道路を夜明け前に通過することが出来ました。
 しかし、痛みはどんどん増しダラダラと歩いていた自分がいました。『高島駅を通過したら、スピードを上げよう。もう本当に歩けなくなるかも知れない。来年完歩できる保障はどこにも無い。いけるところまで行こう。』あと5Kmの地点で自分を信じることにしました。
 
5. 神様からのプレゼント
 高島保育所付近、なんと先頭の中野さんの姿が視界に入り、追いつくことができました。残り5Kmの地点で自分を信じた事への最高のプレゼントでした。
 そして、共に1位でゴールすることが出来ました。その時5:10。もう歩かなくても良い瞬間でした。
 
 最後に…
 足指の水ぶくれのため、爪が2枚はがれてしまいました。傷跡を見ると忘れてはいけないもの、再認識したものがよみがえってきます。100kmを歩こうと決意した塾生の皆さんと共にベクトルを同じくして新たな目標に挑戦したいと思います。
 皆さんありがとう。そして今後ともよろしくお願いします。