2007年 100km Walk

 
◆山口 範子(岡山政経塾 6期生)

岡山政経塾100km歩行レポート
「100km歩行を終えて」



感覚… 14日経過してもなお、まざまざとあの時の空気、風、太陽の香り、芝生の緑。すべてが感じられる。いまだに興奮する。この快感をきっと私は一生忘れないだろう。

1.はじめに
 入塾の面接の時に初めて、『5月に100キロ歩くから、全員参加で。まあ、貴方は歩けそうだけどね。』「へえ、100km?歩くんだ。」it’s他人事。そしてその先に何がおこるのかも解らずにいた。またそのほんとの意味も…。

2.空気に触れる。
 習慣のようにメールが週に三回送られて来ていた。少し気になる存在。とりあえず練習に行ってみた。あれれ…ヤバイナ…。みんな本気ではないか。すごい事なわけですか。100km歩くのって…それ歩くの私ですよね…。そうもうここから、罠にはまっていった。翌日スポーツ店でウェアを選び、シューズを選んでいた自分がいた。

3.どっぷり浸かる。
 興味を持ったことにはトコトンのめり込む。私の性格が功を奏した。
時速何kで進めば 夢は手中に届くのか。最低何kキープするか、私の体力的に可能かどうかの模索。
ウォーキングのフォームは、筋肉疲労には同対処するのか、アミノ酸の使い方は、テーピングは。
不安要素を挙げ打ち消せるように情報を取り、そして練習した。100km?に恋した。

4.よりドラマティックに
 次第に後楽園でゴールを切る自分がイメージ出来る。何かがふと、ふっ切れた。
“ゴールを常にイメージ出来る事は、成功への近道である”とどこかで読んだ。イメージ出来るようになった自分に酔った。
そしてさらに、自分の大切な人たちの夢を背負う。自分以外の人の思いを乗せる。一体感・使命感を身体にしみ込ませた。より夢が大きくなった。100kmを愛おしいと思った。

5.体感と対話
身体は心で出来ていると確信。足の感覚は麻痺していたし、止まると次の一歩が苦痛で仕方なかった。はっきり言って、びっくりした。ここまでぼろぼろになるとは…。自分自身に語りかけだしたのが80k地点からだった。ともすればメゲそうになっていた。ぎりぎりのところ『痛いのは当たり前。』これが救いの言葉となった。でも、足は自分の前に出ていた。そして再度、頭の中はゴールを切る自分の顔。周囲の満面のスマイル。これだけで十分だった。いつも心に太陽を… リアルだった。

6.到達
 もはや言葉の領域を超えた。快感。気持ちよかった。この一言につきる。
 お金では絶対に買う事の出来ない、ラグジュアリーな過程だった。

7.効果・効能
 私が私を大好きになった。自己効力の自覚。「だって100km歩いたし。」最近の口癖。
 ありのままを受け止める事が出来るようになった。全部自分だと。自己開示。
 感謝の心。心からの笑顔。人がいて自分がいること。サポートがなければ克服出来なかっただろう。
  
8.終わりに
 100kmを歩く。このなかに人生の縮図を見たように思う。
成功への道について覚悟し、自らを知り、自らがどう考えどう動くか、どう成し遂げるか。全て自分にかかっているのだという事を痛感した。

 今回の100k歩行に関わるすべの人々に心からの感謝の気持ちを込めて。
来年は後輩をしっかり、100キロワールドにひきずり込めるようにサポートについて学んでいきたいと思っています。宜しくお願いします。