2009年 100km Walk

 
◆高畠 信一(岡山政経塾 4期生)

岡山政経塾100km歩行レポート
『あなたは100km歩行で生き方が変わりましたか?』



 100kmは魂で歩くもの。100kmを力で歩くものは例え完歩しても意味は無い。

 100kmは人生の縮図であると誰しもが言うが、1km1歳と換算し100kmで100歳とするなら、例え30km=30歳で人生を終わろうとも、その人にとって魂で歩ききった30kmであれば100km歩行の目的を達成していると私は考える。人生を無駄なく精一杯生き抜くことを100kmは教えてくれる。そして、その人生の道中は我が力のみで生きているのではなく、生かされていることをも100kmは教えてくれるのだ。涙を流し、感動し、感謝し、この世に生かされている我が人生は誰のために、何のために存在するのかを改めて問うことが出来る。

 1年程前に学生時代の親しい後輩夫婦から訃報が届いた。2人とも同じサークルの後輩で、サークル内で知り合い、卒業後結婚し、3人の子宝にも恵まれ、毎年連絡をくれていた。しかし、2年前から奥様が乳がんを発症し、わずか37年でこの世に別れを告げてしまった。その告別式の喪主挨拶で後輩は、こう言い放った。

 『この2年間、私たちは当たり前のことが出来る喜びを学びました。しかし、その代償はあまりにも大きかった。』

この家族の700日余りは、まさに100km歩行と同じく、苦悩に耐え、当たり前のことに喜びを感じ、与えられた人生を精一杯、無駄なく生き抜いていたであろうことは容易に察しが付いた。そして今後もこの家族は精一杯人生を生き抜くであろうと感じることが出来た。涙は枯れるほど出るものなのだと言うことにも気づいた。

 ひとつだけ100km歩行において、大切なことがある。100km歩行の後の人生である。100km歩行は修練の場である。100kmを歩いてサポートもしたならば、後の自分の人生を変えなければ意味が無い。100kmでは極限状態を作り上げ、たくさんの学びや気づきを得るチャンスを頂いたのだ。ならば、普段の生活の中からも敏感なアンテナを張り、多くの感謝や喜びを感じ、人生を変えなければならない。

 『あなたは100km歩行で生き方が変わりましたか?』と問われれば、私は間違いなくこう答えるであろう。・・・・・・『はい。変えました』と。

 皆さんはいかがですか?『あなたは100km歩行で生き方が変わりましたか?』