2011年 直島特別例会
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◆虫明 雄基(岡山政経塾 十期生)
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岡山政経塾 直島特別例会レポート
『直島合宿での気づき』
1.はじめに
私は今まで、直島など瀬戸内海にある島は人が集まらず、高齢者が多く寂れてしまうしかない島だと思っていた。しかし、私のイメージは崩され、観光客の中には外国人の方、若い女性も多く居た。どうして東京、京都などの日本にある有名な観光地ではなく、直島に訪れたのか、私は不思議に思った。そこで1つ気づいた事は、私自身が直島について、もっと知りたいと感じ、人に伝えていきたいと感じた事である。
2.直島(香川県)
(1)地中美術館
島の景観を壊さないため地下に美術館を造り、太陽光を利用して部屋を明るくするなど、私の中にある美術館のイメージは崩れた。美術館といえば暗く静かなイメージで、会話など一切してはいけない様な場所だと思っていた。しかし、地中美術館には、暗くもなく、すれ違う方は大きな声で会話する方は居なかったが、表情は柔らかく会話も楽しんでいる様子であった。
(2)家プロジェクト
「有るものを活かし、無いものを創る」空き家を作品にして、どの場所も街の中に溶け込んで一体となっていた。これでは、目印もなく観光客には、わかりにくいのではと感じたが、住民を中心に考えながら造り上げ、さらに住民の協力を得て観光客を案内している空間なのだと感じた。観光地の案内板といえば、大きい板に派手に描かれ、誰にでもわかる必要があるのだと思っていたが、案内板を出さなくても住民に聞けば的確に案内してもらえ、景観も崩れないという「有るもの」を最大限活かしていたと感じた。家とは、人が住む場所であるが、空き家は人の住んで居ない家である。現代アートで空き家を人が集まる場所と変化させたのだと感じた。
2.犬島(岡山県)
(1)精錬所
精錬所跡地の存在感は絶大であった。島を発展させた精錬所が、時代が経つと共に廃墟になり、美術館として再生する。美術館では、地中熱を最大限利用し、1年間を通し冷暖房が不要である姿を造り、太陽の光と鏡を使用する事でトンネルの様に暗い空間を電球などの明かりを使用せず明るくしていた。私には、電気に頼らなくても人は生きていけるという事を訴えている様に感じられた。
3.豊島(香川県)
(1)廃棄物問題
私たちにとって、最も身近な問題だと思う。廃棄物といえば不要なゴミであり、ゴミ箱にゴミを捨て続けると溢れる。溢れるとゴミ収集所に運ぶ。その後に関しては、人任せであり知らない人が多いと思う。豊島では、住民を脅かす重大な問題が起きたのだと感じた。当時の県知事の無責任さには驚いた。同時に、県民の税金に関する無頓着さにも驚きを感じた。500億という大きなお金、一人当たり5万円の負担という事で政治家は県民に負担させる形で解決させようとした。私には、税金の使い道について政治家だけがチェックするのでは無く、県民一人ひとりがチェックする事が、無駄の排除と責任の所在をはっきりさせる、有効な手段だと感じた。
(2)豊島美術館
白い、丸い、大きい、中の見えない建物が建っており、この建物の何が美術館なのだと不思議に思ったのが最初の印象だった。中に入ると今までに体感したことの無い未知の世界であった。真っ白の壁、絵のように見える自然の景色、床から湧き出す水。どれも新鮮であり、都内にいると刺激のある生活しか無く、何もない空間がかえって新鮮で、自分の心が洗われる様な気がした。時間、四季、天候など一時として同じ空間の無い術館を多くの人に体感してもらいたいと感じた。
4.さいごに
「有るものを活かし、無いものを造る」私はこの言葉について、真剣に考えていく必要があると感じた。無いものねだりでは解決しない事や、有るものを最大限活かす方法など何が有って、何が無いのか私たち自身が分かっていないと無駄に繋がってしまう事。現在、期限が切れると食べ物をゴミとして処分する日本の姿がある中で、世界に目を向けると、貧困な国では食べ物を求め飢え死にする人。ゴミとして処分する前の食べ物を、日本から貧困国に回す事で、飢え死にしている方を一人でも多く救う事が出来れば、お互いに良い思いをすると思う。現在の私の中では問題解決まで至らないが、視点を変えて見る事で今まで当たり前の様に感じていた見えていなかった部分が、見える様になってきたと思う。
今回の機会を与えていただいた小山事務局長をはじめ、案内をしてくれた西美さん、関係者の皆様に感謝を申し上げたい。
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