2009年 100km Walk
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◆沢良木 敦(岡山政経塾 4期生)
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岡山政経塾100km歩行レポート
気 〜2009年100キロ歩行〜
一、チャレンジャーだった3年間
1、私は1年目90キロでタイムアップ・2年目60キロでリタイア・3年目でようやく完歩した。
3年目でわかったことは、準備も体づくりも大事だが最終的には「気」。自分の中のほとんどが今年絶対ゴールしてやるっていう気だったと思う。
なぜなら、私は、今までの経験上、体力的・肉体的・運動能力でいうとかなり低い。
2、小さい頃を振り返ると幼稚園の時、先生が母親に「教室内のことなどは別に問題ないんですが、、、ただスキップが・・・」と言われたことを小学校4年になって母から聞かされ、その場は家族みんなであははは〜って笑ったものの一人になってペコーン。
小学校5年の時、遠足で小さい山を登って下りるコースを私は早々に置き去りになり、みんながお弁当食べている声を頼りに、とげの木のうっそうと生えた道ではないところを擦り傷だらけになりながら近道だと思い、すべり下りた。「どこ行ってたん?どうしたん?」って聞かれてもお茶を濁した。
高校の時、ハードルで自分はすごく真剣に跳んでいるはずだったが前に出す右脚がハードルの枠外で左脚だけ90度に上げている跳び?方になっていたらしく、みんなから「跳んでないって(笑)」って言われた。でももうこのころになるとそれこそ笑いとなっていた。
今までいろんな失敗エピソードがあるけれど自分なりにがんばればある程度まではやれないことはないという気持ちはあった。
3、しかし社会人になってからのこの100キロは笑って済ますこともできず、ちょっとやそこらじゃクリアできないってことが嫌というほど身に沁みた。だからこの100キロは限界も限界だった。
そんな100キロを今年、やっとサポーターの立場として参加できることとなった。
二、サポーターとして
1、体力面とかなんとかでいうと断然歩ける人ばっかりだろうと思っていたものの、あまりの先頭と最後尾との差に50キロ地点のチェックポイントにいてびっくりしたのとともに疑問やはがゆさが出ていた。最後尾は金川君だったが、私が50キロ地点でチェックする最後は江本さんだった。45キロ地点・46キロ地点をもう過ぎたのであとちょっとでここに来るよというサポーターの方の言葉を頼りに待てど暮らせど影も光も見えない。
やっと光が見えた時、走って向かっていき応援していた。江本さんは歩けるまで何度でもチャレンジするとのこと、今後も歩けるまで応援したい。
サポーター体験1年目なので、伊里漁協で最後尾をずっと待つと高島保育園のチェックポイントに行けないのではという不安があり、どうしたものかと思っていたが、江本さんが着いてから気をつけながら高島保育園へ向かってくださいという副隊長の判断で遅れることなく対応ができた。
サポート隊長・副隊長さん達の練られた計画と判断ができていたからだと思う。こんなに気を配ってやってくれていたのを知って感動した。
100キロ君といい、サポートの人員配置といい、当日の動き方といい、すごくよかったと思う。下準備やいろいろやってくれていたおかげなので本当に感謝の一言だ。
昨年の成功−失敗−改善、よりよくしよう・何事もないように万端にしようという数か月前からの努力がこの日の感動を呼ぶのだと思う。
ただこの2か所の立ちっぱなし約15時間は足腰に堪えた。
2、スタートから伊里漁協、伊里漁協から高島保育園までの間はところどころ休みつつ、チェックポイントに立ち寄りつつ、チャレンジャーに声をかけながら走った。昨年とかは私もこんな感じだったんだろうなぁと感慨深くなった。
三、限界〜今年の24時間内で自分に課したテーマ〜
今年の4月に父の関係でお寺へ訪れることがあり、そこでの儀式をやっているのをみると、僧侶以外も含めたほとんどの人が2分少々の般若心経を暗誦していたのに驚き、その後、本やネットで調べ、数日前からチャレンジャーが練習するように私も本を読み暗誦し、当日のサポートの合間には何回も暗誦して完璧にすることを自分に課した。
だが、2日前になっても5・6か所と詰まってしまい、すっと口に出ない。当日は小さく折り畳んだのを見ながらで午前中にはなんとか暗誦できるようになったかに思えた。
四、無有恐怖
ただやっぱり間が空くと詰まってしまうので、もう一回見ようとポケットを探したが見当たらない。どこかに落としてしまったらしい。
でももうここまで覚えたんだから繰り返せばいいと思って繰り返していたが、家に帰って見ると無有恐怖という四文字が抜けていたことがわかった。心にとどこおりがなく、とどこおりがない故に、恐怖がなく、っていうところだ。
心にとどこおりがあるからなのか、妄想があるからなのか、この4文字を落としてしまった。まだまだだと思った。
五、心気体
気は形のないものだがある。昼の星のように海の中の小石のように見えないものでもある。感謝・感動も感じるものなので見えないけれどもある。言葉や思いも形がないし見えないけれどもあるから限界以上の力が出て完歩できる。
私の気が少しでもチャレンジャーの気を起こし力づけられるならば、私も24時間未知の領域に挑戦する時を共にしたい。
(柳井さんの痛みをやわらげることができて?よかったよかった(笑)。梅飴の空袋を渡してしまったのはすいません。)
六、最後に
岡山政経塾に入って4年、いろんな体験や勉強をさせてもらいました。またこれからも自修自得していきたいです。100キロ歩行は丸一日かけての挑戦、100キロでなくても未知の分野への挑戦をすることは必要だと思います。こんな機会を与えてくれ、勉強させてくれるこの場に、小山事務局長、西原幹事、各期のみなさん、周りの皆さんに感謝の一言です。
以上
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