2010年 100km Walk
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◆宮原 史織(岡山政経塾 9期生)
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岡山政経塾100km歩行レポート
「私らしく」
何のために100q歩行するのか、自分なりの想いを募らせるため、日々、考えました。
私は自分のために歩きたい!考える度に、その思いが強くなりました。
政経塾の入塾理由の一つに自分を知ることとあります。
妻・母親・社会人として、周りのことばかり考えていた自分がいます。毎日が忙しい中、自分の心に目をやれていません。でも、自分を知らない限り、道に迷います。何かあると駄目になる自分がいます。自分らしく生きることが、周りの力になるような存在でいたいです。
自分なりの100q歩行。
目的は、身体的にも精神的にも追いつめられて、そこから自分がどれだけ頑張れるかを知ること!その距離を少しでも伸ばしていって結果、完歩に繋げることが目標!!と決めました。
1週間前になると迷いはなくなりました。楽しく歩きたいと純粋に思うようになりました。
当日は、テンション高めの歩きで、応援してくれている人達に会うたび、テンションが上がりました。
『女は愛嬌』、苦しいときも笑顔でいれる強さは女にとって必要なことだと思います。
足の痛みが早くからきていましたが、心は前向きでした。
30qまで清水さんと歩きました。この100q歩行で欠かせない存在です。
2人で毎日のように100q歩行について語り合って準備してきました。
20qくらいの時に、『私が先にゴールしたら、迎えに行く』と清水さんに誓いました。
30q地点で、一緒に歩くことはお互いのためではないと思い、先に出発しました。
そこから備前体育館までは黙々と歩きました。
池田さんが声をかけてくれました。九州男児と、半分九州女。『九州の人間はやる』と誓いました。
備前体育館から伴歩の渡辺さんがついてくれました。
すごく細やかなサポートに感動。話しも弾んで、あっという間の9時間でした。
元気に前向きで歩けたのも渡辺さんのおかげです。
60〜70qまでの道のりは本当にきつかったです。
でも、リバーサイドで私の友達が待っていました。そこでテンションはまた上がりました。
そして、伴歩が今井さんに変わりました。
今井さんは正直、とても変わった方だと思いました。今井さんの話は奥が深くて、とても興味を持ちました。今後もいろいろなことを教えてほしいです。
リバーサイドを過ぎて、過酷な道のりで私は伝説?幻?を見ました。
笑いと共に、体の痛みが和らぎました。『笑う』『楽しむ』ということは、人生にとってとても重要だと再確認しました。人に笑顔を与えてくれる人は本当にすばらしい人で、尊敬します。
私は、30q地点で清水さんと別れてから、ずっと清水さんのことが気になっていました。
何度も清水さんの場所や様子を周りの方に聞きました。
閑谷学校あたりで直接、連絡も取り合って、お互いを励まし合いました。
残り20qくらいの時に、清水さんが限界にきていることを知りました。
電話で、『必ず迎えに行くから!それまで頑張ってほしい』と言いました。
そこから私は一心不乱に歩き、休憩も挟まず、ただゴールだけを目指しました。
その途中、再度の連絡で私は今にも止まりそうな歩みに変わります。
『私が迎えに行くことは、清水さんのためになるのか?』という問いかけからです。
みんな自分と戦っている。“私がゴールして迎えに行く”という約束を果たすことは、単なる自分のエゴで、成長しようとしている人間に手を差し伸べることが、本当にその人のためになるとは限りません。そう気づいたときに心が折れました。ゴールすることが嫌になりました。なぜかとても悔しくて、涙が止まりませんでした。
残り10q、時間にも余裕はありましたが、私のテンションは完全に下がっていました。そんなとき、伴歩の今井さんと、駆けつけてくれた夫の言葉で、私は再度、歩むことが出来ました。まだ、清水さんも頑張っている。私も私で頑張らないといけない。そんなに一緒にゴールしたかったのなら、はじめから手をつないで歩け・・・私は30q地点で清水さんと別れました。自分のために歩くと決めていたからです。それなら、私はゴールしなくてはいけない。そう思った後はマイペースに歩き、完歩することが出来ました。
私は100q歩行にあたって、自分のために歩くと決めていましたが、実際は違っていたのかもしれません。毎晩のように清水さんと語り合い、一緒に準備していく中で、100q歩行の中に清水さんが一部になっていました。57時間での出産を経験している私には、24時間の痛みは痛みではなく、今までのいろいろな経験、周りの方の支えが、私の24時間100q完歩を導いてくれていました。今の私には歩ける距離だったのかもしれません。なのに、この複雑な思い。100q完歩したにも関わらず、未だに100q歩行について考えています。自分にとってこの100q歩行は何だったのだろう?自分なりに、自分を追い込んで準備をしました。完歩したことで確かに自信はつきました。支えてくれた家族・友人・サポーターの方々等、多くの人への感謝があります。なのに、まだ100q歩行が自分の中で終わっていません。
清水さんを含む、同期で完歩出来なかった方の次回完歩を見守りたいと思います。
【まとめ】
今回の100q歩行は、今の私、そのものでした。
私は壁にぶつかったり、迷ったり、落ち込んだり、辛いときにはいつも支えてくれる人たちがいました。自分がいるのは周りのおかげ・・・それがわかっているだけに、大切な人たちへの想いが強いと思います。それは時に自分を強くし、時に自分を弱くします。一緒に悲しみを分かち合うのはいいことかもしれませんが、私の場合、ひとつの物事にとらわれすぎて周りが見えなくなってしまいます。今回のことでも、『自分のために歩く』という思いを強くするために練習会に参加しませんでした。練習会参加の意味は事前準備以外にも、沢山の意味があったことに後になって気づきました。もう一つ、90q地点での自分です。清水さんのことで、今までの全てを無駄にしてもいいと思ったし、伴歩の今井さんにも多大なる迷惑をおかけしました。サポートしてくださっている皆さんの気持ちも考えていませんでした。自己の反省すべき点は大いにあります。今の自分を受け止めて、今後の人生に活かしていきたいと思います。そしていつか成長した自分がもう一度100q歩行にチャレンジして本当に納得のいく歩きをしたいと思います。
宮原流 川柳 『超えたいな、神の領域、新田様』
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