2010年 100km Walk
|
|
◆清水 睦代(岡山政経塾 9期生)
|
岡山政経塾100km歩行レポート
「心の変化」
3月13日 入塾説明会
「24時間100km歩行」の説明を聞き思ったこと。
@ スポーツに自信がない A100kmに興味が持てない B歩きたくない
とりあえず練習に参加してみてから考えよう。
4月9日 練習参加5回目
先輩と一緒に歩いていると急に「負けず嫌い?」と聞かれ、「違いますよ」と答えたが、よーく考えてみると、そうかもしれない!?
一度決めた事を途中で止めたくない!!と思っている自分に気づきスイッチが入り、気づいたら歩き始めるとゴールを目指したくなっていました。
4月10日 入塾式
皆様の前で「歩く事を決意しました」と断言し、「言った事は、もちろん守るのでしょ?」と自分にプレッシャーをかける。
4月14日 練習参加6回目
先輩に「沢山のサポータの方のためにも歩かなきゃね」と言われ、さらにやる気が出ました。
4月17・18日 100km歩行の下見
100kmを目の当たりにし思ったこと。「無理…どうしよう…」
@ 未知の領域=未来 A100km=未来への道のり B完歩=夢への達成
と置き換えて考える事にしました。
4月下旬 もう一度よく考える
@一度決めた事を止めたくない Aプレッシャー B置き換えて考える
この3つでは想いが弱いのではないか?私には、何か不純な動機が必要だ。
旦那に「絶対歩けない」と言われたので、100km完歩できたら誉めてもらう約束をし、再び歩く事を決意しました。
5月3日AM:7時44分 72kmリタイア
「時間内に完歩できない」と知った時、ペースも、かなり落ちている私の横でスピードを合わせ伴歩して下さっている濱本さんへ「すみません」と謝っていました。今までサポートして下さった方々、「頑張れぇ!」と声をかけて下さった方々、おいしい梅干の差し入れ、冷たくて気持ち良かったおしぼり、甘かったトマト、工藤さんの特製ドリンク、新田さんの温かいレモンジュース、川口さんにしていただいたマッサージ、波多さんのダウンジャケット、傍で伴歩しサポートして下さった濱本さん・塩澤さん…今までの「ありがとうございます」の気持ちが、一気に「すみませんでした」に変わり、頭の中で色んな感情が整理できないまま、ただただ一歩一歩前に進んでいましたが、土手を下りリバーサイド手前で立ち止まりました。その場所でテーピングをしていただける事になったのですが、私の本音は「これ以上、完歩できない私へサポートしてもらう事が辛い…」
「歩きたい自分」と「申し訳ない気持ち」で答えが出せずにいると、池田隊長に「周りは気にしなくて良い、清水さんが歩きたいのなら僕達は全力でサポートします」言われ、気持ちが楽になり、リバーサイドまで目指す事になりました。数百メートル区間での西江さんの「頑張れぇ!」のかけ声で、気づいたらリバーサイドに着いていました、伴歩の方に「どうする?」と聞かれ、答えは決まっていました「行きます」リバーサイドを出て伴歩して下さっている塩澤さんに「来年のために辛い時どう歩くか考えながら歩いてみる?」と言われてから、リタイアするまでの3km来年に向けて歩き出すことができました。歩きたくなかったはずなのに、50km過ぎてから、「歩かなきゃ」から「歩きたい」と言う感情が芽生え、その気持ちが、どんどん大きくなっていました。リタイア後、車で後楽園に向かう途中、車の窓からゴールを目指している皆さんに私は「頑張って下さい」と声をかける事ができませんでした。後楽園に着きゴールしている皆さんへ拍手する事しかできませんでした。1晩経ち「すみませんでした」から「ありがとうございました」に変わったと思っていましたが、1週間経っても両方が心の中で入り混じっています。自分の甘さが完歩できなかった最大の理由だと思うからです。私は、100km完歩と言う結果にばかりとらわれ過ぎて、大事なものを見落としていました。自分と向き合うと言う事です。時間内に完歩できないと知って初めて自分を向き合い、問いかけ、自分らしく歩けました。65kmまでは普段の私の生活そのものでした。練習会においても「ただ参加するだけ」で「みんな速い…私も早く歩かなきゃ」と焦って、ただ歩いて終わっていました。耳を傾けるだけではなく「なんで早く歩けるのだろう?」「私の歩き方おかしいのかな?」など疑問を持ち、皆の歩き方を観察し、疑問に思った事を質問するべきでした。自分で、もったいない時間にしてしまった…参加するだけじゃ意味がない!と今頃になって気づきました。これから日々の生活から考え直したいと思います。やっぱり岡山政経塾に入って良かったです。
|
  |
 |
|