2010年 100km Walk

 
◆吉冨 学(岡山政経塾 7期生)

岡山政経塾100km歩行レポート
「焦燥感・嫉妬・感謝」




0.はじめに
 「焦燥感・嫉妬・感謝」3年目の100キロ歩行に参加した後、私の頭の中から離れないキーワードである。通常なら同居しないであろうと思われる、水と油のようなキーワードが頭の中で混在している。原因は何か?100キロ歩行にそれがあるのは間違いない。レポートとして頭の中を整理することで、原因の正体を探っていきたい。


1.今回の参加目的
 サポート隊の一員としての目的はもちろん、「チャレンジャー全員が24時間内に完歩、限界へのチャレンジが自己責任で行われるようサポートする」ことである。
 これとは別に、一個人として「チャレンジャーから何か刺激がもらって今後に活かそう」という、今考えてみれば甚だ生温い、且つ漠然とした想いを胸に秘めて後楽園に向かった。


2.焦燥感について
 その生温い想いが吹き飛んだのは、日付が変わってからである。そのとき私は、70キロ過ぎにある誘導ポイントで以下のような、(おそらく)模範的なサポートを繰り返していた。

近づいてくるチャレンジャーの名前を確認→通過時刻を記録→「頑張ってくださいね!」→ハイタッチ

 視界良好、順風満帆、サポーターとしての100キロ歩行も悪くないなと思っていた。
 しかし、そんなお気楽な気分に変化が訪れた。
 見るからに満身創痍にも関わらず、前を向いて進むチャレンジャー。「今日の夜は冷え込むなー」と思いながら、時には缶コーヒーで体を温めながら次のチャレンジャーを待つ自分。 
 この両者に、次第に違和感を感じるようになった。そして、それが焦りに変化するのに、大して時間はかからなかった。
 2年前ここを通過した自分は本当に本当に必死だった。1年前伴歩して通過した自分も必死だった。そして、今年。今年チェックポイントで待っている自分は何をしているんだろう?もちろんサポートが重要なことは認識している。
 そんなことを考えていると、得体のしれない何かが自分を問いつめる。「最近、お前はまわりが見えなくなるほど自分を追い込んでいるか」と。そして、その問いに対して「NO」と答えざるを得ない自分がいた。同時に、自然と心に焦りが生じた。その想いは、このレポートを書いている最中も継続している。
 「自分は、成長する努力を継続できていない」
 これが、100キロ歩行に参加して感じた焦燥感の正体である。


3.嫉妬について
 上記のような焦燥感を感じていた(当時はそこまでの自覚はなかったと思うが)矢先、隊長からの伴歩指令。「いけるか?」「はい。」即答した。
 伴歩者の現在地に到着し、伴歩開始。伴歩者は、明らかに既に限界を超えていた。300メートル程進むのに、1時間以上かかった。膝が曲がらない、足首も動かすだけで激痛が走るという。寒い、痛い、つらい、心が折れそう・・・等々、日本語の中のあらゆるネガティブな単語を聞いた気がする。歩の進め方も、ほぼすり足状態。途中、よろめいて倒れた。10分ほどそのまま起き上がれなかった。全身が震えていた。
 それでも、彼は立ち上がって歩き続けた。「閑谷の炊き出しまで歩く」と言って歩き続けた。横で伴歩しながら応援する気持ちの裏で、正直嫉妬している自分がいた。 自分も、限界に挑戦する経験がしたい。 限界を超えて挑戦している彼が羨ましかった。格好悪いが、自分に嘘はつけない。
 以上が、100キロ歩行に参加して感じた嫉妬の正体である。


4.感謝について〜結び〜
 今の状況に危機感を持たねばならない。100キロ歩行に参加してそう思った。
 2年前、100キロ歩行に参加したときは、自分の進む道に迷いがあった。迷いを断ち切るためにもがいていた、必死だった。
 今は、迷いがない。よく言えば、モチベーションが安定している。悪く言えば、成長の幅が鈍化している。当時の気迫は今の自分には、ない。これでは駄目だ。この年齢で安定など言ってはいけない。自分が目指す、遥かなる高みに向けての道のりは始まったばかりである。うかうかしてはいられない。
 今回、チャレンジャーの姿を見て、限界に挑戦することの難しさ・素晴らしさを思い出すことができた。忘れてはいけないのに、忘れかけていた気持ちを思い出させてくれた。 
 卒塾したはずなのだが、まだまだ勉強不足だと気づかせてくれる。事務局長をはじめとする、100キロ歩行関係者にはまったく頭があがらない。いつも勉強させていただいている。心から、本当に心から「感謝」している。改めて思った。来年はチャレン・・・いや、今は何も言わないことにしよう。
  ありがとうございました。来年も参加させていただきます。