2010年6月 岡山政経塾 体験入隊 特別例会
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◆楳田 祐三(岡山政経塾 九期生)
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『自衛隊体験入隊レポート』
岡山政経塾6月特別例会プログラムとして、6月19・20日の二日間にわたり陸上自衛隊 日本原駐屯地へ体験入隊させて頂く機会を頂きました。プログラムの目的は、“日本の安全保障・危機管理の現場を学ぶと同時に、団体生活で規律心・協調心を体得する”とされており、普段の生活からは経験することがおよそ不可能であろう貴重な機会に胸躍らされるとともに、心地よい緊張感から身の引き締まる思いで、厳重な警備の日本原駐屯地の正門をくぐりました。体験入隊中のスケジュールは別稿に譲ることとし、今回の修練(自分は敢えてこの体験入隊の2日間を機会として頂いた貴重な修練と思っています)で得た知見と意識改革について述べたいと思います。
まず今回の修練は、自分にとって大きく2つのパートに集約されるものでした。まず小山事務局長の計らいで事前課題とGroup discussionを通して、日本の安全保障を中心に塾生各位が日本の国家目的と問題点について“考える”という機会を頂けたことです。そして基本訓練、団体生活を通して、規律心と協調心の重要性が確認され、実際の国防を担う自衛官との交流によって彼等の崇高な精神に触れ、国防意識の必然性と我々国民自身の責務を考えることができました。
日本の国家目的、安全保障について考える
事前課題の第一テーマとして、日本の国家目的(私は国家存在の意義と解釈しました)とは何かと問われました。問いに対する私の見解は、
“国民が平和の内に生存し幸福な生活を営むことができる社会を提供することを第一目的とし、国家主権を維持し国際社会において平和維持、経済・産業の発展において貢献していくこと” でした。つまり国家主権、国民を尊重することを第一としつつ、国際貢献によって世界における日本の信頼と地位が確立され、そのことがまた内向きの国富と国民生活の向上につながっていくことと考えました。Group
Discussionでのそれぞれの見解は、表現の違いこそあれ基本Conceptは似たもので、共通認識として良好な国際関係、世界平和への貢献なくして、日本が更なる発展を遂げることはないという結論に至りました。
その後、日本の抱える驚異と安全保障問題と課題は続きました。それぞれが持ち寄った意見を元に盛況な議論がなされ、浅薄な自分の考えにも追加・修正点が加えられ、整理されていきました。日本の安全保障問題については次のように集約されました。国防一つをとっても、一つの局面だけで議論し解決することはできず、政治、憲法、経済、教育、外交戦略と多角的な視野で問題を捉え考えていく必要があること、日本の脅威となり得る中国の台頭に対しては、アメリカとの同盟関係を深化させ極東アジアの勢力の均衡をはかる必要があること、アメリカとの同盟関係を堅持しつつも日本独自の自主防衛体制を構築していくことが望ましいことなど。そして、時事問題でもある沖縄米軍基地の再編についても話題が及び、極東アジア情勢の安定化と日本の防衛を主眼として沖縄に米軍が基地展開している意義と沖縄における経済・産業の現状を踏まえた上で、議論を重ねていく必要があると結論づけられました。
これまで本気になって考えたこともなかった安全保障問題について真剣に“考え”、そして意見交換や議論を通すことで、修正や新たな知見とともに自分の考えが整理されていくことに大変な充実感を感じることができました。
規律心と協調心 〜現代社会における問題点〜
基本訓練においては、厳正な規律心・協調心を習得することが目的であるとのことでした。一挙手一投足、体幹から指先の角度に至るまで、徹底的な指令の遂行が義務づけられました。また食事から入浴、就寝・起床に至るまで隅々まで管理された隊員の集団生活は、規律・協調心の育成のみならず、“いつどのような有事が発生し、出動命令が下されるか分からない”という緊張感を常日頃持って緊急事態に備えているかが、本番での確実な任務遂行につながる絶対条件として意義付けられているとのことでした。正直、今まで報道で自衛隊や他国の軍隊の一糸乱れぬ隊列行進などを目にしても、その必要性に懐疑的になったものでしたが、実際の国防を預かる彼等にとっては、僅かな油断や行動の乱れが自分や仲間の命を失う事態に直結する可能性があり、一事が万事の精神でのぞむ徹底的な規律厳守の姿勢に感心させられました。
ここで、彼等の遵守する規律心・協調心と、一般の国民意識について考えてみます。先人が守り築いてきた平和で豊かな日本、今自分達はその日本で当たり前のように生きている、程度の差はあれ衣食住に困ることなく、自分本位に欲求を追求する日々・・・、自分を含め敢えて国民意識の質の低下と定義しますが、その根本にあるのは“自由”という名の下に規律を堅苦しいとし、“個性”という言葉をもって重んじるべき協調精神を軽視した結果なのかもしれません。平和と豊かさを背景とした中で、ある種の身勝手さともとれるこうした傾向とともに、一国民としての尊厳も希薄になってきているのではと考え及んでしまいます。日本が誇るべき自由と民主主義の意味を間違えて捉えることのないように、そして自分本位ではなく“社会における一個人”であるという意識を持てるようになるためには、今一度原点に立ち返り、規律心、協調心の重要性を再認識することが糸口になるのかもしれません。
命令があれば、どこへでも行く。国民の為に命を捧げる覚悟はできている。
防衛問題についての講義の中での、矢野秀樹第一中隊長より頂いた言葉です。真っ直ぐと聴講する我々塾生を見据え、迷い一つない真剣な眼差しで、発せられた言葉に、心より感謝するとともに敬意を表する思いでした。そして修練中にどの隊員に伺っても、同様の返答を頂きました。そして国際貢献に関しても、先のハイチ大地震復興に向けたPKO活動など、時には危険な任務でありながらも、日本を代表してその身を投じる姿があります。自衛隊のあり方が議論される今日、そのような議論はよそに、彼等には自分達に課せられた使命を全うする覚悟に迷いはないとのことでした。そんな崇高な彼等の姿に、日本人としての誇りを覚え、感謝するところです。
日本は戦後急速な発展を遂げ、世界を代表する安全平和な国家としての地位を確固たるものにしています。そんな中、他国が侵略してくることもなかろうと高を括り、万が一の有事の際にも自分とは関係のない何処かであれば・・、また誰かが守ってくれるから大丈夫という風潮があることは否めません。しかし日本にとって周辺諸国からの驚異はいつの時代も変わりがなく、国家の存続と国民の平和な暮らしのためには、安定した防衛能力・外交政策が必要不可欠です。また自分達が暮らす国だからこそ、他人任せばかりではなく自分達の身の安全について自ら真剣に取り組む必要があります。純粋で崇高な精神で国防を担う自衛隊の存在、憲法改正の是非、日米安全保障条約のあり方など、外交・防衛を構成する一つ一つの枠組みを理解し、常日頃より問題意識を持つことこそは、最低限に国民に課せられた責務であり、そのことが生命を賭して実際の日本の防衛に身を投じる方々への感謝と畏敬につながるのではないでしょうか。“国家、国民の為に命を捧げる”、立場は違えど彼等のような気概を持って、これからの一日一日
“考え”そして実際に“行動”することを新たな決意としたいところです。
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