2010年6月 岡山政経塾 体験入隊 特別例会

 
◆小林 孝一郎(岡山政経塾 九期生)

『私たちのそばに、自衛隊』




1.自衛隊体験入隊にあたり

 日米安全保障条約締結から50年、アメリカ海兵隊における沖縄普天間基地の移設問題、韓国哨戒艦沈没事件など、我が国や極東アジアの安全保障に関わる案件やニュースが飛び交う2010年。私たち岡山政経塾第9期生は、6月19日、20日の両日、陸上自衛隊日本原駐屯地、第十三特科隊 第一中隊での生活体験入隊を命ぜられました。体験入隊にあたり、私は体力面や精神面での不安がありましたが、日本の安全保障および危機管理の現場を自分の目で見て、聞いて、体験できる貴重な機会を楽しみにしていました。
 私が中学生の時にイラクがクウェートに侵攻し、その後、湾岸戦争が勃発しました。以来、日本の安全保障や自衛隊の存在に関して、私は自分なりに考えを持ちあわせていたつもりでした。しかし、体験入隊の事前課題を仕上げる際に私は、これまでの自分の考えが、いかに浅はかで、矛盾に満ちた綺麗事であるかということを思い知らされました。そこで、「心の準備」として、防衛に関する書籍と防衛関係の懇談会から出た安全保障に関する報告書を読み、日本および世界を取り巻く現状を少しでも知った上で自衛隊を体験し、「私自身の防衛観や日本の現状を今一度見つめなおすこと」を目的とし、体験入隊の日を迎えました。
 

2. 日本原での生活体験入隊

 蒸し暑い梅雨空の下、人生初の体験入隊は基本教練から始まりました。戦闘服に身を包み、緊張感を持って自衛隊の基本動作を学びました。基本教練の主な目的は、団体生活での規律心・協調心を体得することにあります。それは、矢野秀樹第一中隊長が申告時に言われた、「時の人となれ」や「一致団結しろ」という指示にふさわしいカリキュラムでありました。自衛官に成りきり、教練に望みましたが、私たちのグループ8人は当初、足並みをそろえることさえも、まともにできませんでした。このことはグループ全員の緊張感や意思統一が無くては、決して実現できないということを学びました。
 体力検定では、腕立て伏せ、腹筋共に、私はすぐにギブアップをしてしまいました。体力の無さ、筋力の無さを露呈し、3000メートル走でも開始早々に息切れをしてしまい、思うように足が前に出ず、まったく情けない姿に変わり果ててしまいました。100キロを完歩した人間とは、とても思えないような肉体的にも精神的にも著しい弱体ぶりでした。
 今回のカリキュラムは過去に比べ、防衛問題に関して頭を使い、考察を深める時間が数多く割いてありました。矢野中隊長の「日本を取り巻く環境」、三浦幹部の「ハイチでの国際緊急医療救援隊での経験」など、自衛隊の現状や体験談を聞く貴重な機会がありました。また、懇親会の場では杯を交わしながら、自衛官の実生活や防衛観、隊員としての満足度などを直接うかがい知ることができました。一度、戦闘服を脱げば、普通の1人の日本人として実直で、家族や友人思いで、恋愛や遊びにも夢中になる等身大の隊員の方の姿を垣間見ることができました。お酒の力も借り、何でも本音で話し合えたことは、何事にも得がたい貴重な経験となりました。
 その他、ベッドメイキングや食事、入浴などの団体行動を通じ、本当に多くのことを学びました。ここにも矢野中隊長の「一致団結しろ」「協力して時間内に作業を完了しろ」というメッセージが込められており、1人でも行動を乱す者がいたら、団体は団体の体をなさなくなるということを再認識しました。
 

3.グループ討議と描かれるべき国家戦略

 2日目、私たちは74式戦車に試乗させていただきました。試乗まではワクワクした楽しみな気持ちがありましたが、重低音とその迫力に圧倒され、軽々しい気持ちは一気に吹き飛びました。車上から遠く景色を眺めるうちに、私の目に涙が溢れてきました。私自身これまで、「どれだけ真剣に日本の防衛、安全保障および危機管理について考えてきただろうか?」「いや、何も考えていなかったじゃないか。自衛隊のことも十分に知らぬまま、でたらめな机上の空論や綺麗事を言っていただけじゃないか」。そう思うと、戦車に試乗している自分が恥ずかしくなりました。同時に、「将来戦場で、この戦車が実際に、地上を走行するような状況があってはならない」という思いも強くしました。私たちは現状に目を背け、見込みのない原理原則に凝り固まったり、あるいは十分なコストとリスクを負担しないまま、いざとなれば誰かが助けてくれると思い込んだりして思考を停止するのではなく、自国の安全と世界平和の構築のために実際にできること、すべきことを本当に始めていかなければならない、という気持ちを新たにしました。
 瀬戸内海の温暖な気候で災害の少ない地域、岡山で、私たちは脅威を感じることなく日常生活を送っています。日本全体においても同様で、平和を享受し、国内政治や経済、教育などの国内問題が話題の中心となり、防衛・安全保障問題はこの数十年間十分に議論されてきたとは言いがたい状況です。私たち第3班のグループ討議では、防衛・安全保障問題を中心としながらも、国家目標の実現のために検討すべきことを防衛以外も含め広く捉え、議論を重ねました。文言については、一時一句の違いで微妙にニュアンスが異なることから、表現の仕方、表現力を意識して意見のすり合わせを行いました。
 米ソ冷戦後、脅威の対象は国家主体から非国家主体となりました。脅威の質も軍事的脅威のみならず環境や経済など地球規模での非軍事的脅威も加わり、環境はますます複雑・多様化しています。そのような国際環境において、従来の巨大な軍事力を背景に世界を掌握する戦略(砲艦外交)から、国際社会は外交、経済、環境などのスマートパワーを活用したリーダーシップを強く必要としています。その中で、我が国は今こそ確固たる国家戦略を打ち立てた上で、我が国の存在というものを国際社会にきちんと示していくことが求められているのではないでしょうか。「日本はどういった国になり、どういった国を目指すのか。そのためには、どういったコストとリスクを負担する覚悟があるのか」ということについて、突き詰めた戦略や国家像、国益観が必要なのではないでしょうか。そして、その国家戦略が決まれば、それに応じた国家安全保障戦略が描かれ、国家安全保障戦略が決まれば、それに応じておのずと軍事戦略、防衛戦略が決まっていくものと思います。
 

4.私たちのそばに、自衛隊

 体験入隊と同時期、南アフリカ共和国では、ワールドカップサッカー大会が開催され、日本チームも健闘していました。こうした国別対抗のスポーツの祭典は、私たちが日常において、日本という国家をおそらく一番強く意識するときでしょう。しかし、それとは別に、普段の生活において私たちは、自分自身に危機が迫って来さえしなければ、他人への危機には無関心を装ってしまう傾向があるように思います。国家においても、「自分の国だけよければ、リスクを伴うような協力などはしなくてよい」というような一国平和主義のような風潮がどこかしら、有りはしませんでしょうか。
 体験入隊の2日目、私は基本教練の意味するところをずっと考えていました。基本教練の意味するところ、それは現在の日本社会で緩んでしまった節度や規律そのものであると私は思います。社会的信用を失うような企業の不祥事だけでなく、私自身も含め、多くの日本人に失われつつある精神構造であります。日本人および日本社会に節度と規律をもう一度取り戻すこと、これが我が国の安全保障、日本という国家そのものを考える第一歩になるのではないでしょうか。
 国防に携わり、有事に備えて鍛錬を積み、真剣に任務に従事している自衛官の姿は同じ日本人として誇りに思います。私たちが、こうして安全保障や国防のことを深く意識することなく生活できているのも、国防に任じている自衛隊の存在があるからこそだと思います。私にとって今回の体験入隊は、「私自身の防衛観や日本の現状を今一度見つめなおす」のに大変有意義な2日間となりました。自衛隊をそばに感じ、我が国の安全保障問題に正面から向き合う中で、今度は、この国の現実と危機感を国民全員が共有をしたうえで、建設的な議論ができる環境・雰囲気を醸成していく必要があるように思います。決して危険な状況という意味ではなく、私たちの日頃の意識として、「私たちのそばに自衛隊を」、「私たちのそばに安全保障問題を」、防衛問題は決して他人事ではないという意識で過ごしていきたいと思います。自衛官に「自分の一生と部下の生命を懸けて、何としても守らなければならない」と思ってもらえるような政治や社会を実現していかなくてはなりません。
 歌手ゆずの「栄光の架橋」が流れる中、日本原陸上自衛隊から離隊する私は、岡山政経塾入塾の目的をあらためて振り返りながら歩いていました。入塾式で、「自分自身の変革に挑むこと」、「地域社会において問題意識を持って行動すること」、2つのテーマを掲げ、決意表明したときのことを思い出しました。この「栄光の架橋」とは、防衛・安全保障の現在と未来をつなぐ架け橋を指すとともに、岡山の現在と未来を結ぶ夢の架け橋をも指していると思いました。私自身に当てはめれば、それは、さらなる自己改革であり、目的意識を持った積極的行動であります。岡山のために「私自身に何が出来るのか、何をすべきなのか」を考え、体験入隊の学びを生かすべく、今後の行動で示していきたいと思います。敬礼。