2010年6月 岡山政経塾 体験入隊 特別例会

 
◆西村 公一(岡山政経塾 七期生)

『自衛隊体験入隊を未来に生かすために』




◇はじめに
陸上自衛隊日本原駐屯地第十三特科隊第一中隊長 矢野秀樹三等陸佐他、多くの自衛官の皆様のもとで、一泊二日の自衛隊体験入隊をさせていただき、多くの学びや感動、出会いがありました。
 しかし、人は忘れる生き物であるし、感動も時とともに薄れていくものなので、自分への備忘録として、このレポートに記しておきます。


◇言葉の定義
 私が岡山政経塾に入塾して以来、同塾事務局長の小山宣彦氏より、「言葉は定義をはっきりさせて使うことが大切である」と繰り返し指導を受けてきました。
 体験入隊の中で、矢野中隊長からも「言葉は、その意味をはっきりさせて使わないと相手にうまく伝わらない」と教えていただきました。
 私たちは、何となく分かったつもりで、いろいろな言葉を使います。しかしその言葉の意味を問われると、答に窮してしまうことがあります。そのような状態では、言葉を使う人が、自らの頭の中で深い思索をしているとは考えられませんし、言葉を受け取る人も、あいまいな理解しかできなくなります。例えば、日々の生活において「経済」、「金融」、「文化」などという言葉がよく使われますが、その意味するところは抽象的で分かりにくいのが現状です。ところが「経済」とは「お金が回ることによって、みんなが豊かになるしくみである」、「金融」とは「余ったお金を必要としている人に回すことである」、「文化」とは「人の心を耕し豊かにしてくれるものである」と定義すれば、はっきりと意味が分かるようになり、深い思索や的確な意思表示が可能になります。
 言葉は、その定義をはっきりさせてから使うようにしたいです。

◇表現力
 矢野中隊長から、表現力が大切であると教えていただきました。
   表現力とは「自分の伝えたいことを正確に、相手の心に強く響くように伝える力である」と定義したとすれば、表現力を向上させるためには、「分かりやすく、具体的に、詩心が感じられるように表現する」ようにすればよいと考えます。そのためには、表現力あふれる文章を読み、口ずさみ、自分でも書いてみることがいいようです。         
 例えば次のような文章があります。「昨秋、黄金に色づいた段々畑の稲穂と真っ赤な彼岸花の前で、若いアベックに頼まれて、カメラのシャッターを押しました。『陽の光が眩しくて、空気が美味しいですね』と言われたとき、たわわに実った稲穂は、肩を震わせて、ちょっとだけ嬉しそうに笑っているように見えました」。この文章、どこからともなく芳醇な香りが漂ってくる名文だと思わずにはいられません。
 ちなみに、この文章は小山事務局長が書かれたものです。このような文章がスラスラと書けるようになりたいものです。

◇数字による現状分析
自衛隊体験入隊に当たり、自衛隊から事前の課題が出ました。
 一 みなさんが考える日本の国家目的について簡素に述べてください。 
 二 みなさんが考えた国家目的に鑑み、日本の国家目標を述べてください。
 三 10年後における我が国の脅威について考察してください。
 四 脅威に基づき、日本の安全保障戦略、特に防衛が担う役割を述べて
  ください。
という内容でした。
 三班に分かれて議論をした後に意見発表をしましたが、その前提として、矢野中隊長の講義がありました。その内容は世界各国の軍事力、経済力などを数字で事細かく分析したものでした。矢野中隊長がお伝えになられたかったことは、「各国の現状を数字で分析し、日本と比較することによって、初めて日本の国家目標や将来の脅威、防衛が担う役割などについての考察を深めることができる」ということにあったのではないかと考えています。
 小山事務局長からも日々の学びの中で、山のような数字のデータを提供していただいています。世界の人口、高齢化率、租税負担率、給与格差、失業率などは言うに及ばす、性交渉の回数や経験人数、避妊具なしの割合などデータは豊富です。(ちなみに性交渉の回数のトップはフランスで137回/年、日本は46回/年、世界平均は103回/年となっています。)これらの数字を分析すれば、日本の置かれた状況が自然と浮き彫りになってきます。
 「言葉は嘘をついても、数字は嘘をつかない」との金言を重く受け止め、数字による現状分析力を高めていきたいです。

◇強さは美、強さは善
 矢野中隊長の講義の中で、軍事力は政治力や経済力、文化力や教育力の礎であるとのお話がありました。
 国の強さと言えばいろいろな尺度がありますが、軍事力がその根本であることを私は否定しません。日本が戦争や核兵器を放棄しても、戦争や核兵器は日本を放棄してはくれません。現実的な視点で世界を眺めるならば、軍事力を否定することは、物騒な世の中において鍵をかけずに眠りにつくようなものです。
 軍事力は強さの象徴ですが、それは善であり美でもあるというのが私の考えです。

◇目的意識
   矢野中隊長は目的意識を持つことの大切さを力説されていました。宿泊施設のベッドメイキング一つをとっても、何のためにするのか、その目的をよく考えるように指導していただきました。
   日々の暮らしの中で、「何のために」という目的意識を持ち続けることは難しいことです。しかし目的達成のために手段や行動があるのですから、目的があいまいであれば、手段や行動も的外れなものになってしまいます。一方で目的が明確であれば、目的達成に向けての意欲が格段に高まり、適切な手段や行動が伴うようになります。
 目的には短期的なものから長期的なものまで、いろいろとあります。日々の暮らしの中で、「何のために食べるのか」、「何のために働くのか」、「何のために生きるのか」といった目的意識を忘れないようにしたいです。

◇一致団結  
 矢野中隊長から「体験入隊時は一致団結して行動するように。できる者はできない者を助けるように」との指導がありました。
 私は、組織の勝利は「異体同心」の集合体を構築できるかどうかにあると考えます。「異体」とは、それぞれの個性、特質、立場などが異なることです。「同心」とは高い目的感や価値観を実現していこうという意志が一致していることです。
 司馬遷の「史記」に、今から三千年以上前の中国での「殷周戦争」として「殷の紂王(ちゅうおう)は、七十万騎の大軍でしたが「同体異心」であったので、戦いに負けました。周の武王は、八百人でしたが「異体同心」であったので勝ちました」との記述があります。異体同心こそが事を成就するための要諦であることは、歴史上の定説として語り継がれてきています。
 組織論から見れば、「異体同心」の実践上のポイントは指導者の姿勢だと考えます。指導者が真剣で誠実であれば、部下も共鳴して「異体」を「同心」にしていく団結が生まれます。反対に指導者が臆病で権威的であれば団結はできません。また謙虚さを忘れた慢心の指導者のもとからは団結が生まれないことは、歴史の教訓でもあります。また真の指導者は独裁者とは異なり、大勢の部下の真摯な意見に耳を傾けるものです。また小さなことを見逃さず、絶えず周囲に心を配ることを忘れません。
 これらの条件を兼ね備えた、傑出した指導者が矢野中隊長でした。自らに与えられた職務に真剣、誠実に取り組まれるお姿には神々しさが漂っていました。そして部下のことを心から愛し、慈しんでいらっしゃいました。「私が心から信頼できる隊員達」、「私が一緒に死んでくれと言ったら喜んで死んでくれる隊員達」との矢野中隊長のお言葉が私の心に鮮明に刻まれています。体力検定の前のことですが、矢野中隊長から「あなたは二度目の体験入隊ですよね。今回の体験入隊は前回と比べていかがですか。充実した体験入隊となるように、どのようなカリキュラムを組もうかと真剣に悩んできたのです。何か要望がありませんか」と気さくに声をかけていただきました。周りの意見に真摯に耳を傾けようとされる矢野中隊長に心の中で最敬礼しました。また戦車試乗の際には、試乗業務に従事する若手の自衛官一人一人に、「今日はありがとう」と挨拶をして回られていました。このような小さな配慮が自然にできる矢野中隊長に再び最敬礼をしました。
 「士は己を知る者のために死す」といいます。人は自身の真実を分かってくれる人のためなら、命をも捧げられる、人生、意気に感ずということです。私に来世があり、再びこの世に生まれてきた暁には、矢野中隊長の下で仕事をさせていただきたいものです。

◇時の人になれ(今を生きろ)
 矢野中隊長より「時の人になれ」とのご指導をいただき、その意味を私なりにじっくりと考えてみました。
 春には花が咲き、秋には果実がなる。夏は暖かく、冬は冷たい。これらの自然の摂理に逆らっては農作物も実りません。また、誰人も、こうした自然界の「時」を逆行させることはできません。
 また、冬があるからこそ春の喜びがあります。例えば、春に咲く桜の花のつぼみのもとである「花芽」は、夏までに形成され、秋には、いったん「休眠」状態に入ります。この「花芽」が眠りから覚め、開花へ向けて本格的に成長を開始するには、冬の寒さに、さらされなければならない。  
これらは「休眠打破」と言われますが、冬の低温が刺激となり、「花芽」の成長を促します。そして冬の眠りから覚めた「花芽」は、早春の気温上昇とともに、さらに膨らみ、やがて開花していきます。「冬」には、もともと持っていた力、眠っていた可能性を目覚めさせる働きがあります。
 これらのことは、人にも通じる原理でしょう。人は時の流れに逆らえません。それだからこそ、今、何をすべきなのかをしっかりと考え、行動することが大切なのではないでしょうか。一方で、人生の途上においては、やりたくないことが目の前に現れるかもしれない。順境の時もあれば逆境のときもある。しかし、「やるべき時に、やるべきことを、やるべきように、コツコツとやる」人こそが、最後には勝利の花を爛漫と開かせることができると信じています。時の人になるためには、自らを客観的に見つめる姿勢と、「冬は必ず春となる」との信念に基づき、ひたむきに努力することが必要になるのでしょう。
 一方で国家についても、時を知ることが大切です。今の日本国にとって、時という観点から見て必要なことは何か、以下に考察します。

◇日米安全保障条約発効50年
 1960年に岸信介首相とアイゼンハワー米大統領により調印された日米安全保障条約は、今年で発効から50年を迎えました。同条約第5条は、日本が武力攻撃された場合に米国の日本防衛義務を明確化しており、第6条は、日本国内に米軍基地を置くことを認めています。旧ソ連など共産主義陣営に対抗するために生まれた日米安保体制は、冷戦後も日本外交の基軸であり続けています。
 しかし、最近の米側には自衛隊の役割強化を求める声が根強く、ブッシュ米大統領と親密な関係を築き、対米関係を重視した小泉純一郎元首相は在任中、自衛隊をインド洋やイラクに派遣しました。  
 またアーミテージ元国務副長官も、集団的自衛権の行使を禁じた日本政府見解の見直しや防衛費増額を菅直人政権に促しています。
 このような時に当たり、日本の安全保障戦略、特に防衛が担う役割や課題について考察しておくことは極めて重要なことであると考えます。私の考えは以下のとおりです。

【短期的課題】
 ・米軍普天間基地の移転を日米合意通りに速やかに進めること。
 ・インド洋での海上自衛隊による給油活動を速やかに再開すること。 
 ・集団的自衛権の行使を禁じた政府解釈を直ちに見直すこと。

【中長期的課題】
・時代の流れに即さなくなった現憲法を改めて自主憲法を制定し、正式に
軍隊の保持を認め、もって国民の生命、自由、財産を守ること。
 ・日米安保体制を強化しつつ、日本独自の防衛体制を整備すること。
 ・防衛産業を育成し、内需拡大を図ること。
 ・教育を通じて、安全保障戦略や軍事力の重要性を普及啓蒙すること。 
・「自国は自国で守る」との国民的コンセンサスを醸成し、国家の威信を築くこと。              
・有事の際には、軍事力を迅速かつ機動的に行使し、毅然とした国家像を世界に配信すること。
 「平和が望ましいと信じているだけでは平和を実現できない」、「平和は犠牲を伴う」というオバマ米国大統領の言葉が重く響きます。

◇進歩
 人も国家も進歩しなければなりません。進歩の定義は「より望ましい方向に向かって次第に進んでいくこと」です。
 岡山政経塾の設立趣意書には、「地域から日本を変える」「地域から日本をよくしていく」という理念が謳われていますが、この「変える」、「よくしていく」という言葉は、進歩させるという意味が込められていると拝察したいです。
 進歩を目指しても、浮世の生活のためには、致し方なしで、ある程度の打算や功利、妥協もやむを得ないこともあるでしょう。しかし人も組織も国家も進歩的な思想を忘れてはならず、最後に勝つものは、どこまでも真面目に進歩しようとする姿勢であると信じています。
 進歩することを忘れたとき、我々は取り返しのつかない大きな代償を払わなければならなくなるでしょう。
 臼淵磐大尉は戦艦大和の後部副砲指揮官として、昭和二十年四月七日、九州南西洋上において二十一歳の若さで散華されました。大和の沖縄特攻作戦が決定的になったとき、兵士達の間で、「特攻死」の意義づけをめぐり激しい論争が戦わされました。その時、臼淵大尉は「進歩の無い者は決して勝たない。負けて目覚めることが最上の道だ。日本は進歩ということを軽んじ過ぎた。私的な潔癖や徳義にこだわって、本当の進歩を忘れていた。敗れて目覚める。それ以外にどうして日本が救われるか。今日目覚めずしていつ救われるか。俺たちはその先導になるのだ。日本の新生にさきがけて散る。まさに本望じゃないか」と静かな口調で兵士達を説得されたそうです。日本が新しく生れ変るための先導になって散る、この言葉が兵士達に伝えられると、出撃以来の「特攻死」論争は消え、一致して戦場に臨んだといいます。
 今の日本人、日本国は進歩という視点を持ち合わせているでしょうか。この国を進歩させるための理念と政策を抱く政治家が何人いるでしょうか。今日の日本の繁栄は、先の大戦での多くの犠牲の上に築かれたものです。そして、その恩恵を享受する我々は、この平和と繁栄を次世代に継承していく義務があります。先の大戦で散った戦死者の霊は、祖国の現状を何とご覧になられているでしょうか。自衛隊に体験入隊し、深く考えさせられたことでした。

◇陰の労苦
 今回の自衛隊体験入隊は、自衛官と政経塾生の息がぴたりと合い、頭と体を鍛えることができた、とても充実した内容となりました。それは、陰で黙々と一生懸命に準備をしていただいた方々の陰の労苦の賜物であると感謝しています。
 矢野中隊長におかれては、すでに昨年8月時点から、多くの時間をかけて政経塾生受け入れの準備を整えていただいたとお聞きしました。
 また、小山事務局長におかれては、お忙しい中、日本原駐屯地へ何度も何度も足をお運びいただき、政経塾生のために周到な準備をしていただいています。
 岡山政経塾は学びの場ですが、誰が陰で支えてくださっているのか、誰が最も苦労してくださっているのかを見抜く眼力を養う場でもあると思えてなりません。

◇離れてはいけない
 岡山政経塾において、私はよく叱られます。しかし私よりもっと多く叱られる塾生もいるようです。叱られることはとても辛い作業です。しかし自分を全力で訓育してくださる師には深く感謝し、付き従うことが大切だと思います。 
学びの道においては、自惚れてはならず、徹頭徹尾、謙虚でなくてはなりません。
 一方、独学では「やるべきことをやらず、自分のやりたいことをやる」ため、偏った知識に陥るとともに、人との出会いがないという欠点があります。
 やはり、正しい理念(何に最高の価値を求めるかについての根本的な考え方)と正しい思想(物事を判断する際によりどころになる基本的な考え方)があり、正しい師がいる組織に属して、主体的に学び続けることが、最も効率的で、深く正しい学びに結びつくと確信しています。
 自衛隊体験入隊というすばらしい経験ができたのも、岡山政経塾に所属していたからです。「岡山政経塾から離れてはいけない」と今の自分に言い聞かせています。