2018年10月 
 豊後高田市(まちづくり・教育)現地視察

「未来に繋ぐ昭和の町」

山瀬正裕 (岡山政経塾 17期生)

・ はじめに
大分県にある豊後高田市は、大分県の国東半島に位置する市で大分県では13番目に人口が多い(H29調査)およそ2万3000人の人口を擁しています。
岡山県内の市町村の規模で例えるなら岡山県で15番目に人口が多い美作市がおよそ2万8000人なのでそれより少し人口が少ないことを想像していただければわかりやすいと思います。
ただし面積は美作市の約半分の為、人口密度で言えば、豊後高田市の1k㎡あたりの人口は約110人で1k㎡あたり約61人の美作市と比べると約1.8倍程度の人口密度となります。
このとても小さい市に今、年間約120万人の観光客が訪れ(年別観光統計H29日帰り・宿泊者合計より)、また「住みたい田舎ベストランキング」(宝島社)では6年連続のトップ3に入り、社会動態が4年連続転入増となっているのは何故なのか?
岡山政経塾の視察の中でも特に楽しみにしていた視察でありました。

・ 昭和の町
豊後高田市で最初に訪れたのが「豊後高田 昭和の町」でH29年には37万人の観光客が訪れた中心市街地にある商店街地域です。
ここは昭和の町なみを再現した町並みをコンセプトにレトロな雰囲気の漂う商店街です。いわゆる建物や町並みのハードの部分は、中心にある昭和ロマン蔵などの複合施設を除いて、例えば岡山市の奉還町商店街や、水島玉島、西大寺の商店街などとほとんど大差はありません。ただし実際にその町を歩いてみると、この街に人が集まる理由の一部がわかりました。

・ 昭和の再生
昭和の再現ではなく昭和の再生を目標としているところが昭和の町の特徴です。その再生の為にここでは四つの目標を設定しています。

① 昭和の建築再生
つまり見た目の部分、ハードの部分での昭和の再現です。
昭和の建築や、古いレトロな町並みを再現しています。
② 昭和の商品再生
昭和からの商品を一店で一品ずつ提供していく取り組みとして「一店一品」として販売しています。
③ 昭和の歴史再生
店の歴史を表現するその店の宝を「一店一宝」として店頭にディスプレイしています。
④ 昭和の商人再生
客との会話を通じて心を通わす「昭和の商人」の再生に取り組みます。

①、②の目標に関しては同じような町おこしを行う自治体でも同様に行っている部分かと思いますが、ユニークに感じたのが③と④の目標です。
昭和の歴史再生の「一店一宝」運動として、店によっては昭和の頃に使っていた木製の冷蔵庫や、化粧品店では昔の化粧品などが店頭に置いてありました。同じものが博物館などに綺麗に陳列された物を見るのとは違い、実際に昭和の時代に使われていたその現場で見せてもらうと、店や町の歴史を感じ感慨深く、散策がより楽しいものになりました。
また昭和の商人再生はこの町で最も成功している取り組みのように感じました。コンビニで店員と一切会話せずに日々の日用品を購入するのが当たり前となっている中、昭和の町では店の前を通るたびに優しく声をかけてくれるお店の方々や、途中寄らせていただいた喫茶店でも大変温かいおもてなしを受けて、昭和の雰囲気を感じると同時に、またこの場所に、この人たちに会いに来たいなと感じさせてくれました。
私は平成生まれで、昭和の時代の雰囲気は想像するしかありませんが、年配の方から伝え聞いた昭和の懐かしさや優しさを感じることができました。
これが真の昭和の再生なのかもしれません。
2001年にオープンニングセレモニーを行った当時はたった7店から始まったというこの町づくりの取り組みも今や30店以上が関わりエリアとしての価値を高めているとのことです。


・ 教育の町
昭和の町の他にも豊後高田市には歴史的な観光資源や温泉などがあり、豊富な観光資源とユニークな取り組みで観光客数を伸ばしています。
しかし移住・転入者の増加は観光の取り組みによるものだけではなく、この町の教育の取り組みによるものだと言われています。
昭和の町の次に、岡山政経塾では豊後高田市の教育長からご講演を拝聴する機会をいただき、教育の取り組みについて教えていただきました。

・豊後高田市の教育
豊後高田市には小学校10校、中学校5校、小中一貫校1校で児童・生徒数合わせて1500人程度の子供がいます。
平成14年に学校の週休二日制が始まった当時、この町では週休二日によって学習機会が減ることを懸念し、学びの21世紀塾を立ち上げました。
この取り組みは17年を迎え、豊後高田市の平均学力が大分県でのトップとなり、また大分県が九州でトップの学力となる大きな成果を上げています。

・ 学びの21世紀塾
この取り組みは地域・経済・家庭の格差に関わらず、全ての子供が自分の努力で自分の夢を叶えられるようにという思いのもと、「夢を描き、実現できる子供の育成」をスローガンに三つの事業を柱として運営されています。v ① いきいき寺子屋活動事業(知)
教育の補助として、毎週土曜日に小中学生には5教科の復習や、理科実験、5歳から小学生を対象に英語教育やパソコン講座やそろばんなどの各種の習い事。
また毎週水曜日にも中学生向けの復習授業や、いわゆる民営の塾と同じような受験前の夏季や冬季の集中講座。また、塾に通えない子供のためにケーブルテレビでのテレビ講座や、児童クラブでの派遣講座などをすべて無料で提供しています。
② わくわく体験活動事業(徳)
農業や家庭教育や伝統文化活動など、学校で普段教えることのできない領域の学びを、地域を巻き込む形で実践的に教育を行っています。
③ のびのび放課後活動事業(体)
健やかな身体作りのために、スポーツを奨励し部活動やスポーツ大会運営などの取り組みを行っています。

またこの三つの事業の他にも市民向け講座や高校生向けの講座などを開催しています。
驚くべきはこの塾がすべてボランティアの講師によって運営されているということです。退職した校長や、塾講師、高校生などに市から謝礼を出す形で講師になってもらい、この教育機会を実現しています。

・ 学習機会の均等
豊後高田市の学びの21世紀塾は「自分で夢を叶える子供」を育てるために学習機会の均等を目指した施策です。
均等な教育の原則として「わかる授業」を基本とし、その実現のために小中学校の教員達にも市独自の研修を行い、ベテラン教師と新人教師で授業内容に差が出ないように何度も授業のブラッシュアップを重ねているそうです。
他にも通学が困難な周辺部の生徒に対してバスでの送迎を行う取り組みや、
123運動という取り組みでは、1日学校を休んだ生徒にはその日のうちに再度連絡を入れ、2日学校を休んだ場合には再度連絡と家庭訪問を行い、3日休んだ場合には生徒に関する会議と家庭訪問を行うという手厚さで、家庭問題やいじめ・不登校の問題も未然に防ぐための取り組みも強化しています。
・ 教育の今後
文部科学省などが検討している次代の教育方針となるアダプティブラーニング(適性学習)という一人一人の能力にあった学習で個性と強みを伸ばしていく教育を受けさせるため、全校でタブレットを導入するなど先進的な取り組みにも取り組んでいます。

・ 豊後高田市の成功
昭和の町と教育の町、二つの顔を持つこの市の施策がどうして成功したのか。そしてこの取り組みはほかでも可能なであるのかは非常に興味深いところであります。
私なりに考えた結果この成功には4つのポイントがあると考えました。
① 先駆者であったこと
昭和の町に関していえば、昭和をコンセプトにした地域振興は他の県でも見られますが、昭和の町並みという強みに気づき他の町に先駆けて「昭和の町」と売り出したことがメディアなどの関心を集め、また町の強いブランディングになったと考えます。
また学びの21世紀塾に関しても週休二日制廃止の際に教育への支援で出された文科省の助成にいち早く手を挙げたことで、その後も文科省との連携や補助や助成が上手くいったようです。

② 小さな成功を積み上げたこと
今でこそ日本中から評価される結果を残す豊後高田市ですが、昭和の町はわずか7店舗から始まり、学びの21世紀塾も初期には人が集まらないため、職員で講師・生徒一人一人にお願いに回ったとのことです。そこから評判とともに協力者が集まり体制が整ったことで大きな施策になりました。

③ 本質を外さなかったこと
昭和の町のコンセプトは新横浜のラーメン博物館の内観から着想を得たとのことです。そこからただの昭和の町並みを再現したテーマパークとならず、昭和にノスタルジーを感じる人たちの共通する思いが昭和を生きた人々のコミュニケーションにあることに気づき、昭和の再生に取り組んだこと。
教育とは「自分で自分の夢を実現する子供の育成」であるというテーマを貫き、教育機会の均等を掲げて教育に取りくみました。

④ 当事者が立ち上がったこと
昭和の町は当初大手広告代理店と商工会議所で町並みを一掃する大規模な町の作り変えを計画していたそうです。それに刺激を受けた商店の若者や市の職員達が自分達で町のことを考えた結果昭和の町が生まれました。
教育に関しても当事者であった市の職員達の努力で生まれました。

そのまま岡山で実現するには更なる分析が必要かと思いますが、この4つのポイントは町づくりを考える上で参考になりました。

・ おわりに
先日、小山事務局長のもとに昭和の町の視察で寄らせていただいた喫茶店からお礼状が届いたと伺いました。改めて昭和の町のあたたかさを感じます。
縁も所縁もないような地域ですが、訪れた時からなんとなく迎えられているような感覚のある不思議な町でした。
丸亀町商店街の視察でも学んだことですが、今そこに住んでいる当事者達が真剣に考え取り組むことが成果へと繋がっているようです。
私が今住んでいる地域や環境の課題をどうしたら良いのか考える参考にさせていただきます。