『自然と人間が調和する夢の生活共同体』
義若智康 (岡山政経塾 10期生)
●事前に準備したこと
私は、2011年に入塾させていただいた10期生です。直島といえば私はある講演を思い出します。事務局長から安藤忠雄先生の講演を紹介され直島まで足を運んだことがあります。先生は冒頭「東京からもたくさんビジネスマンがお越しになっているそうですね。さてみなさん、最近この1か月(だったと思います)何か芸術に触れた活動をしていますか。絵画でもいいし、映画、音楽鑑賞でもいいですね。忙しい皆さんは触れる機会はないでしょうね。でも女の人は良く触れています。サッチャー元首相の「マーガレット・サッチャー鉄の女の涙」見ましたか。奥様に聞いてみてください。ビジネス書ばかり読んでいても決していい仕事はできませんよ。」そうおっしゃいました。この研修を思う際、いつもその言葉が浮かびます。まさにおっしゃるとおりでありまして、特に芸術に触れてなく、余裕のない日々。新聞だけでなく仕事柄新しい法律、裁判例の確認、業界誌、定期購読の業務用雑誌等に加え、新しい分野のお仕事をいただく度その都度専門書を買って勉強と並行しながらすすめる。業界での資格者を対象にした資格試験もあり不安感からとりあえず本を買ってしまう。そうやって焦って買って「積ん読く」状態になる本もあります。ビジネス用だけで全く余裕がない。その上家族は一人でサッチャーの映画を見てきたと、よかったといってパンフを見せてくれた。忙しい中でも必要なこと、チャンスがあればと思う。私は芸術に触れ感性を磨かなければ視野が狭くなり仕事に面白味が出ないのだと思う。 様々な困難をどう解決するかマニュアルのないものもたくさんあります。視野を広くする、スキーマを拡大するための重要な時間と考えています。今、社会人の教養がブームになっていますが一流の芸術家の作品をみて、感じる学びができる貴重な学びと思っています。直島研修は3回目になります。仕事で直島にクライアントがいるため何度も足を運びます。偶然7月も来ていましたが、アートを味わう時間はありません。それでも多くの外国の観光客とすれ違うので島の勢いを感じていました。
例会参加を決めた後、直島、豊島に関する知識をつけることとしました。それは、自分の頭で考えようとしてもあまりにも情報が不足していることに気付いていたからなのです。基本知識なくしては考えることも何もできません。「はー」「へー」を繰り返すだけでは全く進歩がありません。
岡山県立図書館に向かいました。図書館で様々な本に目を通しました。
まず、人に注目しました。前述の安藤忠雄氏、柳幸典氏、中坊公平氏、福武幹事、木村庄三郎氏です。自分で問合せ私が一番最初に政経塾を訪れた2010年の公開例会時の講師が福武幹事でした。その際、ご紹介された本が「耕す文化の時代」セカンドルネサンスの道 著者 木村尚三郎 ダイヤモンド社でした。当時通販の中古本市場から手に入れましたで。この本に記載されていることがいくつも直島で具現化されています。
フランスの地下三階の青空ショッピングセンター、海外で銭湯が大変注目されていること、世界最大のビックビジネスが旅産業であること等です。
私は芸術家でいえば柳幸典氏に関心があります。アートを通してあらゆるメッセージを流しておられるからです。ある文献では柳作品のキーコンセプトがワンダリングポジションであるといいます。ワンダリングポジションとは何か。ワンダリングとはさまよう等の意味があります。それによると常に移動しながら関心をもつ対象を様々な視点から見直し、対象を複眼的な視点から捉えようとする柔軟な思考から生まれたものであるそうです。
何だか難しいのですが私の事務所の経営理念では多面的に仕事をみていくという考えなので少し似ているように思います。タブーに触れた作家さんになります。今回は直島だけなので「バンザイコーナー」だけになりました。なぜ三島氏をモチーフにしたのか、どのような人だったのか。なぜ、なぜが際限なく続きます。「犬島ノート」(株)ミヤケファインアート を読みました。柳幸典先生の文章や柳氏の作品を他の人が論評した文章があります。専門家はどのように解釈するのか。その本は犬島の歴史、犬島の作品、柳先生の生い立ち、柳先生と三島との関係等興味深い内容でした。2人の専門家が柳先生の作品を批評していましたが2人とも共通のことを指摘しています。犬島に展示された三島の松濤の家のアートですがトイレの便器を横倒しに展示しているのです。何も知らなければ「ほー」で終わります。しかし二人とも「マルセル・デュシャンの泉」を連想したということでした。この現代アートを見る上での基礎単語がなかったことを知り今度は現代アートの基礎の基礎を少し知っておこうと思っていると偶々元ベネッセの方の本を見つけ購入しました。「その後も古い本を集めななめ読みしました。満足のいく下準備はできませんでしたが今回は今までとは違う新鮮な気持ちで挑むこととなりました。
●世界でも一流のアートに触れることができる地中美術館
前述した元ベネッセの方は金沢21世紀美術館館長、東京芸大美術館館長の秋元雄史先生。著書「日本列島「現代アート」を旅する」に世界に誇れる日本の現代アート10選を挙げておられます。そのうちの2人の作品が地中美術館にあります。もう一つは内藤礼先生で豊島美術館です。世界でも超一流の作品であるという気持ちで注意深く見ました。直島、豊島等このプロジェクトの現代アートは自然光を利用した作品が多くあります。その光加減を懸命に知ろうとしましたがまだまだ未熟ゆえ理解ができませんでした。 作品には作者のテーマがあり、緻密に計算された光の調和を楽しむ。また、自然光はさらに奥が深く季節により見え方が変わる。それもすべて計算され尽くしている。哲学的であり、数学的である。その違いが分かるようになるともっと繊細になれるのではないかと思います。 仕事にも通じるのではないか。わずかな違いを大切にする。ほとんど同じだがわずかに違う。しかしそれが大きな差となる。思わずどきっとする。ジェームズ・タレルは「作品は何通りにもみれるのがよい」と言われています。タレル氏は数学、知覚心理学、地理学、天文学も勉強されていて美術以外の知識も豊富な方です。ですから光の調整はかなり計算されていると思います。そういう目で見ていましたがまだ十分に味わえませんでした。
ウォーター・デ・マリアも選ばれています。音楽家でドラマーでした。十分にその良さを認識できなかったのでまた予習して再度挑みたいとおもいます。耳を澄ましていただけです。西美先輩が丁寧に教えてくださりました。しかし、ある作品は「白鯨」を読んだことがないのなら解説しないととばされました。直島に行くとこうして宿題が出されます。又勉強して作品に挑んでいかねばなりません。
●家プロジェクトを歩く
家プロジェクトを歩いてみて改めて町全体がアートであるとの認識をしました。街並みも素晴らしいし、何度訪れてみても始めて見るような感動を与える素晴らしい作品群です。アピールがとても巧みだと思います。南寺はタレル氏と安藤氏の作品なので改めて自然の光の不思議さ芸術を堪能しました。内藤氏の作品がありますが予約制ということを知らず見に行くことはかないませんでした。これも勉強です。前述の秋元氏が特に高い評価をされていたので次回挑戦です。後述の福川先生は予約をされていました。
●福原慎太郎先生の講義
福原先生は、アートを通して美の重要性をお話しされました。芸術から発展して工業デザインの重要性のお話もされました。又、アートと街づくりのお話もあり、景観の重要性に触れられました。
京都では景観を守るため電信柱をなくすという活動をされているとのことでした。
岡山市、倉敷市、直島町のうちどこが観光に力を入れているかとの質問の時多くの人が直島と答え、あと倉敷、最低が岡山市となりました。
街の大きさが違うので仕方がないのかもしれませんが直島は町全体がアートにあふれています。統一感があります。倉敷は美観地区が条例でも保護され統一感があります。
岡山のカルチャーゾーンは分かりにくさがあります。街で一丸となって取り組まないとなかなか印象に残らない。ビルとか何もないから目立つ。しかも自然に調和している。
先生が「美」=芸術とのお話をされたので違う考えもありませんかのような質問をしました。デュシャンの泉という作品の意味を知ったからですが自分の中でいまだ答えは出せません。先生のお話で特に興味があったのは「感情を養う」ということです。子供のころに芸術に沢山触れさせること。博物館、美術館を子供に無料開放することを実践されていたことです。この重要性に気付かせることが大事です。私は親、特に母親を指導しないと子供に話しても実践できないと思っています。親自身、大人・社会人に対する芸術教育が必要です。
●福武幹事の講義、及びディスカッション
福武幹事が直島にお見えになるということは今回参加する意欲を掻き立てました。質問はしませんでしたが企業メセナを実践されていることに対してお話を聞きたいと思っていました。企業メセナの先駆けといえば岡山の大企業家大原孫三郎です。幹事は「経済は文化の僕である」とお話しされます。大原氏は明治40年倉敷市へ1個連隊が配置される計画について猛反対した。若い女性工員がいるので風紀が乱れるという理由だった。町はお金が落ちるからという理由で受け入れ派が大勢を占めた。結局、その話は流れた。その後大原美術館を建てた。軍事色が強まりみんなの関心が薄い時代だった。昭和7年、満州事変調査のため来日したリットン調査団の団員の一部が大原美術館をみて仰天した。それがきっかけで倉敷が爆撃目標から除かれたという。(城山三郎 わしの眼には十年先が見える 飛鳥新社)この話を思い出します。企業は納税、雇用をすることで社会に貢献するという経営学者もいますが社会貢献はそれでは不十分と考えます。企業は利益追求が仕事になります。しかし、単に納税するのであれば政府に白紙委任状を渡すことになりはしないかと思う。自社をアピールできます。同じお金を払うなら有効に活用したいと考えてもおかしくない。アメリカでもロックフェラーやアップル等成功した企業は財団という形で社会貢献をしています。今、企業の社会的責任(CSR)の重要性が叫ばれています。経済産業省のレポートにも平成15年が日本のCSR元年であるとしています。CSRとは企業が様々な活動を行うプロセスにおいて、利益を最優先するのではなく、「ステークホルダー」(利害関係者)との関係を重視しながら、社会的公正を保つことや、環境対策を施すこと等、社会に対する責任や貢献に配慮し、長期にわたって企業が持続的に成長することができるよう目指す。
このことを経営戦略として捉え、以上のような社会での役割を果たしていく。ステークホルダーとは、消費者、取引先、地域社会、株主、従業員等を指す。企業メセナ活動はCSR活動の一環として捉えられております。経済的利益を重視し、環境に負荷を加え、地域住民を苦しめたのが豊島産廃事件である。一方医療廃棄物投棄を現代アートによって阻止したのが犬島である。人々を幸せにするのがアート。経済活動はその手段になるがステークホルダーに配慮しなければならないのである。
実は私の仕事とも大きく関係します。法令順守。労働法を守る、セクハラなどを防ぐ等直接関係があるものも多くあります。企業における長時間労働、ストレス増大など労働環境が悪化しているからです。これらは労働CSRと呼ばれています。
なぜ住んでいる人がこれほど生き生きしているのか。企業社員も直島ならいい考えが浮かぶかもしれません。
又、直島は「現代アートを活かして、域外からの観光客を獲得している」と2014年の中小企業白書にも紹介されています。1992年には5万人に満たなかった観光客が2013年には70万人を超え離島の活性化に成果を上げているとしています。
「島の再生」安藤先生の著書にもありましたがアートをつくるのが目的ではなく島を再生して活性化させることでした。日本の楽園です。
幹事はマズローの欲求段階説の話をされます。私社会保険労務士も試験の労務管理論で 必ず必出の知識です。欲求5段階説です。しかしいつもそれを否定され5段階の上に6段階目がある。6段階目が「コミュニティ(共同体)発展欲求」があったのだが冷戦時代共産主義者のレッテルを貼られることを恐れて付け加えなかったとの話をされました。
実は他の幹事の講演でも何度もお聞きしました。県立図書館でもネットでも文献を探しましたが出てきません。そんな中県立図書館が日本総研の海上周也主任研究員のコラムを探してくれました。調べてもわからない困難な課題を教えていただけるので意欲がわいてきます。
又、幹事から「耕す文化の時代」という本から大きな影響を受けたとの話を聞きました。
そういう本が数冊無いといけないよということです。これまた大きな宿題です。安藤先生ではありませんがやはり仕事に直結するビジネス書をいくら読んでも人生に大きな影響は与えられません。目先の仕事ができるのみです。講演でおすすめされた本例えば里山資本主義や教養書として定番の本、本の中で引用されている本等何を読んだらいいかわかりませんが読まないとだめだと強く認識しました。
ディスカッションでは多くの質問が飛び交いました。質問には自分の自説があるものにしました。福武幹事は丁寧に各質問にお答えくださいました。一つ一つ記憶しております。 常に問題意識を持ちなさいと教えてくださいました。問題意識と自説をもっておこうと思います。
●豊島産廃現場
元県会議員の石井亨さんがご案内してくださいました。中坊公平氏と島の人のやり取りや苦労を聞きまた辛くなっていました。豊島の水ノ浦は私にとって因縁の場所です。文化財保護法である遺跡の不法廃棄を松浦庄助が行った。その遺跡は玉野市の職員杉野文一と豊島の島民が発掘したものでした。旧石器時代の貴重な遺跡で政経塾に入る直前偶々ある研究員の方が教えてくれました。その方は財団の支援を受け遺跡調査をしていました。遺跡を保護することができたなら産廃を捨てることはできませんでした。犬島は医療廃棄物からアートが守った。豊島も遺跡保護が成功すれば産廃から守ることができた。当時の前川知事はクリスチャンであったが玉野市の前述の職員は元牧師であった。産業廃棄物許可申請は行政書士の仕事であり、不許可にならないようにするのが仕事である。ところが全く逆で許可を取り消そうという動きであります。当時の時代背景があるにせよ何故このようなことになったのか。本件は幸い行政書士の行の字も出ませんが職業倫理についても考えさせられる事件です。CSRの理念が日本になかった時代。許されない企業活動です。●豊島美術館
前述した秋元氏の本でも紹介されている内藤礼先生の作品になります。自然と一体化した空間は誰もがリラックスできます。自然との共生。豊島産廃事件では経済活動優先で東京など大都市から大量の廃棄物が持ち込まれました。そんな豊島ですが周りの環境もとても美しい。美術館の中も外も感動します。豊島の豊かさを体験できます。●横尾館
独特な絵でショックの連続でした。横尾氏は三島由紀夫氏を尊敬していたとのことです。帰宅後借りていた三島の本2冊のうち1冊に横尾忠則氏の文章がありました。神戸新聞記者時代、妻が買っていた「金閣寺」を読んでどうしても三島氏に会いたいと思ったそうです。彼から本の挿絵などの仕事を得ていたようです。独特な色使いをされています。作品に描かれているメッセージは事前の知識がないと理解できません。●おわりに
国立公園で有りながら産廃で揺れ過疎の島として都会のごみ箱のようになっていた島々は見事に再生し発展しています。現代アートの奥深さは一度ではなく二度三度と挑もうと考えます。その解釈は人それぞれ。自分のスキーマからしか見たり考えたりできないからです。でもとても美しい、とても美味しい自然とちっぽけな人間がうまく共生できる、している空間、共同体であることは誰もが認めざるを得ないでしょう。人間は自然の中に生きています。どんなに文化が進歩しても変わることがありません。現代都市ももちろん環境改善に力を入れています。しかしこれほど一体感のある地域があるでしょうか。まさに夢の島です。よく生きる。歴史にしろ、語学にしろ、社会学にしろ、哲学にしろ、建築学にしろ考古学にしろ学びの塊であり癒しの島。人生の先輩が笑顔の島。福祉の島。
文化を愛することは海外からも尊敬されます。歴史が証明しています。
現代アートは難しい。どう解釈してもよいと言うが基礎単語が必要である。わからなければわからなくてもいいとして置いて行かれる。自分の思考、枠組みを広げて又挑もうと思います。新しい自分がどんな反応をするのか。
自然と共生する理想郷はいつでも私たちをやさしく迎えてくれる。どう読み解くかは私たちの心の中にある。日本中にこのような理想郷が広まってほしい。